犬の不思議を徹底解析!知れば楽しい犬の雑学

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あなたにとって犬はどんな存在ですか?飼っている人も飼っていない人も、きっと犬に対して何かしらの思いがあるはず。犬は人間の生活に深く関わっています。家に犬がいる人はもちろん、道を歩けば散歩している犬と出会い、テレビやCMなどでも目にすることも多いでしょう。盲導犬、警察犬、災害救助をする犬もいます。

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そもそも日本に犬が来たのはいつなの?

おそらく日本に犬が来たのは縄文時代。なぜなら縄文時代の遺跡から犬が埋葬された跡がいくつも見つかっているから。そしておそらく日本列島以外から持ち込まれた可能性があると考えられています。

縄文時代の犬のDNAを調べたところ、南に多いタイプと北に多いタイプの2系統に分けられることがわかり、現在の日本犬には縄文時代から続く南タイプのDNAが認められている。

ちなみに、縄文犬は現代の柴犬よりも小さかったようです。

奈良時代の犬

〇昔の日本人は白い犬が好きだった!?

日本の古代の記録に登場する犬は、なぜか全て白い犬。「古事記」書かれている内容では、雄略天皇が、若日下部王への結納の品として白い犬を贈ったとあります。また、「日本書紀」では、ヤマトタケルが東征の途中シナノの山中で道に迷い、突然現れた白い犬の導きで助かったとある。

他にも白い犬がいろいろ登場していて、「今昔物語」では子供の命を救い、「宇治拾遺物語」では藤原道長の命を救ったとされています。

昔の日本人は、白い犬に神聖なものを感じていたのかもしれません。

鎌倉~室町時代

「犬追物」で犬を獲物にしていた⁉

鎌倉時代の武士たちは、武芸を磨くためや遊びとして犬を獲物とした「犬追物」を行っていたとされています。

犬追物では、犬を殺さないようにそれなりの配慮をしていて、矢の先端が木製の『蟇目(ひきめ)』になったものを使っていました。

一方で、狩猟のパートナーとする武士もいて、鎌倉2代将軍頼家は犬を飼って狩猟や鷹狩のお供としていたそうです。

鎌倉幕府が公式行事として行った犬追物は室町時代にも盛んに行われ、安土桃山時代には廃れていきました。

犬のお散歩メッセージワッペン

安土桃山~江戸時代

戦国大名の間で洋犬ブームが起こる

1550年ポルトガル船が来航して以来、急激に西洋の文物が入ってくるようになりました。その中に、洋犬も含まれていたといいます。

江戸幕府によって鎖国されるまで長崎県の平戸にはイギリスやイスパニアの商館があり、領主の松浦氏はいろいろな西洋の文物を手に入れることができました。中でも洋犬にこだわりがあって、屋敷でも飼っていたといいます。

江戸時代

庶民にもペットブーム到来

戦国の世も終わり、江戸時代になると、庶民にもペットを飼う文化が広まりました。犬や猫をはじめ、金魚やハツカネズミ、コマドリや文鳥、カナリヤなどが江戸庶民には人気のペットでした。

室内犬として、狆(チン)が大名から庶民の間まで流行しました。犬については、『犬狗(けんぐ)養蓄傳』という飼育本が1842年に出版されてます。

絵画や歴史資料によると、当時の犬は放し飼いにされていて、野良犬も多かったようです。江戸時代には犬を用いての鷹狩も行われていました。

昭和

軍犬として、戦地へ

日本では大正時代半ばから軍用犬の育成が始まりました。満州事変以降、軍用犬が本格的に利用されるようになります。

民間の飼い犬の中から軍事利用に適した犬が、正式に訓練され、「軍犬」として日本軍に採用されました。

犬種は秋田犬やテリアも訓練されましたが、ジャーマンシェパードが主流でした。飼い主さんはお国のためとして犬を提供し、軍犬たちは出征する兵士と同じように万歳の声で戦地へ送られました。

そうして戦地に赴いた犬は、飼い主さんの元へは戻ってくることはありませんでした。

犠牲となった犬の数は正確にはわかっていませんが、日本軍だけでも10万匹ほどいたのではないかといわれてます。

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